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2002.06.12 Wednesday
はじめまして。バナナです。
私は2002年レモン(女児)を妊娠した際に、 21週から切迫流産と診断され自宅安静、 そしてその後出産まで、丸三ヶ月の入院生活を経験しました。 無事に出産できた今になって思うのは、 マタニティライフをエンジョイするための情報はあふれているのに、 切迫流産・切迫早産のことは周知されていない ということです。 「マタニティライフをエンジョイしよう!」 「かわいいベビー用品を楽しく集めよう!」 「妊娠中しかできないことにチャレンジしてみよう!」 どのマタニティ雑誌をみても、こんな見出しばかりが目に付きます。 切迫流産・切迫早産に関する記事は、たとえ載っていたとしても、 それは後ろのほうに、ごくワズカ。カラーではなく白黒ページです。 インターネットの世界でも、私が安静にしていた当時は 切迫流産・切迫早産に関して充実したサイトはありませんでした。 そこで、レモンが幼稚園に入園し、少し自分の時間が確保できるほうに なった今、切迫流産・切迫早産に関して少しでも情報を発信したいと、 サイトを立ち上げることにいたしました。 よろしければ、参考になさってください。 →切迫流産・切迫早産でも快適安静生活 そして、こちらでは切迫流産・切迫早産で安静・入院していた間に日々書いていた日記を公開しています。 途中、感情がモロに表れている部分や、 些細なことで動揺する幼稚な私の姿が出てくるかと思いますが、 みんな同じなんだと皆様の励みになれば、幸いです。 ちなみに私は、この日記を書いていた当時は、なぜ自分が切迫流産・切迫早産になり、こんなにもお腹の張りが頻繁に起こるのか、その原因は不明でした。 医師からも、「体質」だと説明されていました。 ところが、レモン出産後4年が経って、第二子不妊のため 不妊治療を始めたところ、その原因は私の子宮の奇形(単角子宮) だったことが判明しました。 入院中は毎週超音波で子宮内の様子を見てもらっていて、 しかも帝王切開で子宮を直接にその目でみてもらっているのにも かかわらず、その当時の担当医師は、私が子宮奇形であることに、 全く気がつかなかったわけです。 私の切迫流産・切迫早産の原因は子宮奇形の中でも単角子宮だったと 分かった上で、改めてこの当時の日記を読み返してみると、 アチコチにその兆候が表れているのがわかります。 このブログが切迫流産・切迫早産で安静を強いられている人だけでなく、 子宮奇形(特に単角子宮)に悩むの方々にも励みになってくれれば これほどうれしいことはありいません。 管理人;バナナ 〔 切迫流産・切迫早産でも快適自宅安静! 単角子宮でもLet's enjoy my life! |


